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2016年3月31日 (木)

京急~未成&廃線遺構-5

本シリーズ『最大の山場』京急久里浜線三崎口駅到着

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駅は掘割の中駅構内弧線橋からホームを見下ろす

反対側は、「三崎“口”」から、三崎『足る』≒油壺までの路盤が延びる

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今度は、駅舎外から、京急レッドカラー車両を見下ろす

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続きます なお、油壺までの延長の目は完全に無くなったよう

2016年3月30日 (水)

京急~未成&廃線遺構-4

新逗子駅最終回駅ホーム部分です 線の片面ホーム旧京急逗子駅側

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駅舎側面側 奥は、旧逗子海岸駅方向

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駅を出て、旧京急逗子駅側で、線から線≒複線になり、金沢八景方向へ

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京急らしい、真っ赤な電車が進入

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ってことで、昨日までの写真は、「逗子海岸駅」付近でした

で、新逗子駅はこれで終わり次回は、久里浜線三崎口終点未成遺構へ

2016年3月29日 (火)

京急~未成&廃線遺構-3

新逗子駅続き奥が新逗子駅舎で、その左が金沢八景・文庫方面だったと思う

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新逗子駅終端部分駅舎を見る

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このへんあまり覚えていないが、新逗子駅端部

バスターミナルがありました JR逗子駅も、そう遠くはありません

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前回・今回と特に、【廃線・未成遺構】っぽくはありませんが一応終着駅ムードってことで

次回で、新逗子駅シリーズは終わりです

2016年3月28日 (月)

京急~未成&廃線遺構-2

鉄道シリーズ京急新逗子駅です

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子供の頃は、(京急)逗子駅(つ手前)+逗子海岸駅(終点)だったが、昭和年代に統されました

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北馬場南馬場駅≒新馬場駅になった時同様出入り口を旧駅があった時の出入り口の位置にわせている

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上の写真つは、どれがどれだか忘却ですが新逗子駅付近の『なんとなく旧駅時代』遺構を(思いつつ)撮影しました

2016年3月27日 (日)

地鎮祭

「家活」シリーズです土地を探し始めてか月そこからさらに契約までか月さらに年かかって、ようやく地鎮祭≒建築着工です

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「おめでとうございます」だそうですなんかピンとこないですが

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神官様がお越しになられて、お酒野菜果物等をご献上+お供え

所要分程度天気にも恵まれ(ちょっと風邪がきつかったですが)無事終了しました

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無事に+安全に+立派にって念じなければいけないようですしっかり念じることができなかなあ

2016年3月26日 (土)

妊娠後期

子育てブログ編度目

拙ブログ前年日アップhttp://hai-zaivartz-sen.cocolog-nifty.com/meikyoushisui/2015/12/post-37bf.html の「生命」がこんなに大きくなりました

妊娠か月目

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妊娠か月目に入りました

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このシートに無事に乗せられますように

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次回は、鉄道ネタに戻ります

2016年3月25日 (金)

京急ー未成&廃線遺構-1

浦賀駅LAST終端部+奥が、未成(となるはずだった)成れの果て

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当時は当たり前の、京急の赤い車体

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浦賀駅名表示片方がきなのが、終着駅の証

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ってことで、浦賀駅シリーズは簡単に次回は逗子線新逗子駅へ

2016年3月24日 (木)

京急ー未成&廃線遺構ー0

神奈川県シリーズ継続で京浜急行の3終点浦賀新逗子三崎口の未成・廃線遺構を巡ります時は平成「日本開国」の地 浦賀駅終点支線のようだが列記とした「京急本線」の終点駅

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(全く分からないが)この浦賀終点の先の地域・地点「久里浜方向への延伸を試みた」未成遺構だ

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ホームそのものは線の島式頭端型だ

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浦賀駅自体は、本線とはいえ、実質「鄙びた支線の終端駅」ムードたんまり

2016年3月23日 (水)

横浜~汽車道-2

最終回ですこの地点が、モニュメント遺構終点です

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市街地方向を振り返りました

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あらためて、遠くから俯瞰してみました

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「遺構感」「人気スポット」が見事にコラボしています
次回はまた別シリーズ開始です

2016年3月22日 (火)

横浜~汽車道-1

つづき老若男女が、知ってか知らずか 『遺構』上を歩く

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奥に見えるは、ランドマークタワーだったなかあ

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こんな感じで「かなりの距離」を、“それっぽく”モニュメントが彩っている

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あと回シリーズですが、この地域はまた行きたいところだ

旧 コラボレーションがたまらない

2016年3月21日 (月)

横浜~汽車道‐0

神奈川県シリーズ継続明治年に開通した「臨港鉄道の一部」を利用した海を見れる遊歩道 大方は『モニュメント』的だが、レールや橋梁を見て、当時を偲ぶには十分だった  行ったのは、平成年頃だったと思うが、『こんなところがあるんだ≒ぜひ行きたい』ってドキドキしたことを覚えている

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橋梁は遠くから見ても、列車が走ってきそう感

レールが、モニュメント的に埋められ≒飾られている

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きれいなカーブを描いており、まさに『鉄でなくても楽しめる』廃線跡

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桜木町駅の近くで、泊まって歩いて行きました

撮影したサイズがメガを超えていたのでリサイズしてアップしましたあと回続けます

2016年3月19日 (土)

相模線西寒川支線廃線跡-LAST

比較的長く続いた本シリーズもいよいよ最後西寒川駅跡の表示を、廃レール+寒川方向を見ました

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ちょっと角度を変えて同じく

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この支線が現役の頃の時刻表を覚えているが 時を経て、相模線が電化され短編成とはいえ系が導入されるとは

相模線も、武蔵野線南武線横浜線同様『立てのライン』として、東京メガループに組み入れられ、複線化+快速運転なるかどうか

さて、またネタを探さなくては

2016年3月18日 (金)

相模線西寒川支線廃線跡-11

LAST前です八角公園西寒川駅跡地の遺構レール

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こんな「石碑」まであります

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その昔は、「砂利採取のため」この先にも貨物線があったようです今は道路になっています『なんとなく』のカーブです

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次回が、いよいよ最終回です

2016年3月16日 (水)

相模線西寒川支線廃線跡-10

いろいろ調べてみたが寒川駅遊歩道一之宮公園遊歩道八角公園≒西寒川駅跡実際は、もう少し貨物線が延びていたようだ ってことで八角公園到着

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モニュメントなのか遺構なのか実物なのか西寒川駅跡地にはレール+が残っていた

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一之宮緑道の名の下、相模支線(廃線跡)として残しているようだ

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本シリーズもあと回で終わりです

2016年3月15日 (火)

相模線西寒川支線廃線跡-9

つづき(あまり覚えていませんが)一之宮公園を抜け、八角公園へ向かう廃線跡の遊歩道です

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ウオーキングには、良い天気+良い道でした

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間に、車道を挟みつつ遊歩道≒廃線跡路盤は続きます

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単線ですが、まさしく廃線跡

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次回は、西寒川駅跡地≒八角公園へ

2016年3月14日 (月)

相模線西寒川支線廃線跡-8

なんせ年以上前のことなので何がどうなのか季節は月でしたが覚えていません んがモニュメント含めて、廃線跡ロードです

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このレール車輪モニュメントは、最近の『廃線跡を偲ぶ』定番ではないだろうか

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(何度も書くが)廃線跡感覚 心はドキドキ

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つづいて、一之宮公園から、八角公園西寒川駅跡へ向かいます

2016年3月13日 (日)

相模線西寒川支線廃線跡-7

続きですがやっぱり言葉は要りません

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「現役時代」を偲ぶには十分である

結構な距離で廃線路が残っています

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線路残の終端部

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この後、西寒川終点≒八角公園へ向かいます

2016年3月12日 (土)

相模線西寒川支線廃線跡-6

一之宮公園内「言葉は要らない」まさに、【廃線当時のレール+路盤】が“その位置に”残されている

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《こういう廃線跡の残し方》もありってこと

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邪魔にならず、きれいなカーブを描いて この上を、ディーゼルカーが走っていた

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願わくば、(今流行りの)トロッコ風列車遊戯扱いでも走らせてもらいたい
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まだまだ続きます

2016年3月11日 (金)

相模線西寒川支線廃線跡-5

公園内レール+車輪のモニュメント寒川駅方面を見る

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そしてこの先は“まさしく”現役時のレールが残されている

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おまけに[駅名標]を模したモニュメント落書き付き

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このあたりは、廃線跡感 当時はドキドキしながら探索しました

2016年3月10日 (木)

相模線西寒川支線廃線跡-4

JR相模線の車両は番台両です

廃線跡路盤≒遊歩道をひたすら歩きます

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きれいな直線まさに廃線跡

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一之宮公園到着

線路跡を模したモニュメント最近流行奥に線路そのものが残っています

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しばし、一之宮公園内を散策≒探索します

2016年3月 8日 (火)

相模線西寒川支線廃線跡-3

(最初にアップすべきでした)スタート地点相模線電車寒川駅両編成です

Photo
つづき左が車道右の草側が廃線跡路盤です

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(線路が残る)一之宮公園に向かって廃線跡路盤遊歩道を歩きます

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この直線まさに廃線跡感 つづく

2016年3月 7日 (月)

相模線西寒川支線廃線跡-2

つづき一之宮公園とつづくきれいなカーブを描く遊歩道廃線跡

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路地を抜けると、左が車道右が廃線跡となります

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公園までしばしこの光景廃線跡ッポいカーブが続きます

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《住宅街に埋もれた》良い光景ですつづく

2016年3月 6日 (日)

相模線西寒川支線廃線跡-1

つづき道路を跨いで、廃線路盤が続きます(木々の向こう側が、寒川方面) 木々の向こう手前撮影地点が廃線跡です

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アップ (ガソリンスタンド横の路盤が)廃線跡感

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続く廃線跡は一之宮公園に向かう遊歩道となっています

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つづきます

2016年3月 5日 (土)

相模線西寒川支線廃線跡-0

再度神奈川県シリーズJR相模線の寒川駅起点の東海道線茅ケ崎からつ目の寒川駅から北西へポツンと延びていた西寒川支線廃線跡を時は平成月です

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分岐点左が廃線跡右側がJR相模線橋本方面

逆方向≒流部分路盤が残っています

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しばし、廃路盤が残って、西寒川方向へと続きます

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廃線当時いや、むしろ「ごく最近」まで、相模線は神奈川県らしからぬディーゼルカーが細々と走っていました これからしばしこのシリーズで

2016年3月 3日 (木)

好きな場所@東京都内-1

つづき昨日と逆のカット 左 丸の内線右JR御茶ノ水駅

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丸の内線系通過子供の頃、丸の内線の赤神田川特別快速系の大きな表示の対比を鮮明に覚えている 本の中だけど

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(総武線直通)各駅停車電車も垣間見える

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奥の大きなガータ橋to秋葉原も印象的

今シリーズはこれで次回またネタ探し

2016年3月 2日 (水)

好きな場所@東京都内ー0

神奈川県の続きは首都東京都内で《最も好きな光景場所》JR御茶ノ水駅を東京駅よりから時は平成車両は今は亡き系中央快速線

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神田川中央快速線中央総武線各停車両とのコラボが子供の頃の本を見て鮮明に記憶に残っている当時は系でした

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時を経て、快速はE系になり、いずれグリーン車が連結される時代になる

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もう隔世の感すら感じる あと回続きます

2016年3月 1日 (火)

小田原駅登山線廃ホーム

神奈川県シリーズです小田急小田原駅手前は、小田急線行き止まりホーム奥は、箱根登山鉄道電車が、当駅まで乗り入れていた頃の番台の番線名だった線路≒ホーム跡時は平成

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登山線電車は線の凸型の両側に短い線路が引かれ、箱根湯本当駅間は、【有名な】線軌条だった

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右奥から、箱根湯本からの直通線路こちらは、左側から、箱根湯本方面直線線路と廃ホーム+線路

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この辺りは、平成月の箱根旅行での拙ブログで取り上げて、その頃は、このホームは、小田急車両を使った箱根湯本行きが発着していた≒復活・再利用していたようので、照らしわせて見るのも良いかも

 一応、当時の赤錆びたレールと誰も居ない廃ホーム遺構ってことで 

 これも回限りで、またネタ探します

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