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2016年2月28日 (日)

京王相模原線延長線遺構のなれの果て

所変わって、神奈川県相模原市時は平成年春

左の高架は、京王相模原線終点右は、JR橋本駅(横浜線+相模線)

 奥のマンションは相模原線延長予定線津久井湖の線上にあるなかなか《骨のある》オーナーなのか

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アップした感じ高架(橋本終点)の延長線すぐにあるこのマンションが立ち退かない限り、津久井湖延長デラックス特急導入は無いむしろ京王本線で、グリーン車格導入へ路線変更したのか

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って、これも「未成遺構」ってことで

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(おまけ)せっかく《遺構》って言葉が出たので、平成年秋撮影の東急東横線横浜桜木町の高架跡です 今はどうなっているのやら

このシリーズは回のみ またネタ探します

2016年2月27日 (土)

紀州鉄道廃線跡区間-Last

日高川駅跡地です相対式ホームだったようです左側が駅舎かな

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終端側から見ました 真ん中上が、日高川駅跡です

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上の写真延長線上の川ですポツンと橋脚が残っているのは、未成線遺構か

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これは、昨今にしては、比較的《探索あり甲斐遺構感》の廃線跡でした今はどうなっているだろうか以上で終わりまたネタ切れなので次のシリーズを模索します

2016年2月26日 (金)

紀州鉄道廃線跡区間-2

つづきもう言葉は要らないこの廃線跡遺構朽ち果て感

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(事態が好転すれば)復活もあり得るらしかった踏切区間も線路は埋まったままだがもう復活は無いんだろう

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終点日高川駅付近で線路は複線になったよう

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次回で最終回です

2016年2月24日 (水)

紀州鉄道廃線跡区間-1

つづきこういった廃線跡感がたまらない 軌道敷は紀州鉄道の管理下のようだ

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ちょっと遠回りして 西御坊駅+キテツ車両+右側へ続く廃路盤を俯瞰手前左側は、(日高川とは違う方向への)貨物線の廃線跡道路だ

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これもたまらない廃線路付近は、実質庶民の生活の場と化している

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つづきます

2016年2月23日 (火)

紀州鉄道廃線区間ー0

神戸=近畿ネタついでに、和歌山県御坊の紀州鉄道の廃線跡区間西御坊日高川時は、平成月末(紀鉄≒キテツのイメージを払しょくする)レールバスの西御坊終点に、車止めがされています

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その先は、日高川駅まで約キロ《見事に》廃線跡遺構が残っています

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駐車場として人々の暮らしに溶け込んだ中に線路が埋もれ

橋台を残して、鉄橋ガータは撤去されました
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しかし線路は続くよどこまでも この先日高川までは営業区間でしたが、画面右側への貨物線廃線跡も残っていました

つづく

2016年2月22日 (月)

国鉄有馬線廃線跡-3

最終回神鉄道場(旧道場川原)駅の、橋上駅舎から見たものだったなかあ掘割部分が、国鉄有馬線廃線跡路盤

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(まぎれも無く道場南口駅では無く)神鉄道場駅でした片面ホームに行き違い用線路路盤がある有馬口方面を見る

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反対側三田方面岡場駅が線の追い越し駅になって特急が増発されていれば、当駅も行き違いな駅になっただろうが夢物語でした

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最後は、未成路盤神鉄廃線路盤国鉄のコラボになりました

次回は、またネタ探します

2016年2月21日 (日)

国鉄有馬線廃線跡-2

つづき&訂正=神鉄道場南口駅そば神鉄道場(旧道場川原)駅そばでした

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左が神鉄三田線(道場駅付近)右の掘割が、旧国鉄有馬線跡の路盤

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(ちょっときれいすぎですが)「遺構表示」がありましたImg_7680

こんな感じで、旧路盤表示の見事なコラボ

次回が最終回です

2016年2月20日 (土)

国鉄有馬線廃線跡-1

つづき 神鉄道場南口駅東側すぐの掘割部分が、国鉄有馬線廃線跡路盤

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「ちょっと“引いて見る」と、【なんとなく】廃線跡感が載であるImg_7676
アップしてみてもよく分からないところが知らざる世界観がなくも無い

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神鉄の「有馬線の【新有馬駅】」しかり、【菊水山駅跡】しかり、「粟生線の経営」を助けがてら 廃線遺構探索車導入コラボを楽しむのもいいかも

 このシリーズは、もうしばし続きます

2016年2月19日 (金)

国鉄有馬線廃線跡-0

地元神戸市の神戸電鉄道場南口駅付近(だったと思う)国鉄有馬線廃線跡を道場南口駅(こちらは三田線)付近は、複線路盤ができている

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かつての【特急】停車駅+折り返し列車もあったので、結構奇麗な駅舎だImg_7673
でも、どこか「のどか」さがある中で

その東側に、国鉄有馬線の廃線跡路盤が残っている

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しばし、このシリーズです

2016年2月17日 (水)

草軽電鉄廃線跡-3

最終回旧軽井沢地点から、新軽井沢≒現軽井沢駅付近への廃線跡路盤

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だいぶ現軽井沢駅付近に近づいたこの道が廃線跡遺構感は少ないが、直線感が、廃線跡を偲ばせる

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この先に草軽交通バスターミナルがありそこが駅跡です

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 以上で終わり だが、草軽電鉄は、北軽井沢駅跡の駅舎が現存+吾妻線万座鹿沢口駅北の橋台跡+草津温泉付近など見どころ載です

次回は、またネタ探しです

2016年2月15日 (月)

草軽電鉄廃線跡-2

数日前の中断シリーズの継続です北から南を見ます

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今や、清々しいサイクリングロードとも言えます

左が元々の車道≒線路外右が廃線跡

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この段差の違和感に気付いたら廃線跡フリーク

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この廃線跡路盤の南端がこの地点ほぼ旧軽井沢地域を北に抜けた所です

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次回は、軽井沢駅跡地バスターミナル草軽交通で最終回です

2016年2月14日 (日)

辰野支線

かつての「本線」も今やローカル線辰野塩尻の中間駅中の駅≒小野駅意外にも行き違いありの相対式ホーム

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寂れた感無《往年の輝き》が残ってました

この直線が、昔の【本線】を物語るこの先善知鳥(うとう)峠超えあり

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旧東塩尻(臨)駅もっと前は、信号場跡はとうとう分からず

みどり湖経由の新線が見えてきました

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もう右側に、流地点が見える地点にきています

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電車は、このまま旧塩尻駅跡地を通過し塩尻駅到着です

これで、プチ旅は終わり また元のシリーズに戻ります

2016年2月13日 (土)

飯田線少し南下-5

伊那北駅から、辰野駅で下車別にバレないだろうが乗車券上は「岡谷経由辰野支≒中央東線旧線経由だった&ちょうど《良い電車があった》ので、数年ぶりの辰野支線乗車待ち辰野駅番線平成年頃は、この左の柵側に「辰野に戻そう、特急あずさ新線塩嶺トンネル経由になったため)」みたいな看板があったような気がするが、さすがに実現不可能だったようだ

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ミニエコー単行両編成亡き後は、E両編成が、辰野支線を担当

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辰野支線辰野の次は、信濃川島駅並行する国道号線から《ポツンと見える》l孤高な片面ホーム

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次は、辰野町塩尻市にまたがる「両小野地区」ともいわれる「小野駅」です

これで、本シリーズは終わり次回は、この辰野支線を少し取り上げます

2016年2月12日 (金)

飯田線少し南下-4

仕事(出張)帰りの伊那北駅岡谷行きは系で、番線進入関西線(名古屋亀山)や中央西線(名古屋多治見)の快速に充当されて、乗ったことがあるが、飯田線にも営業で、走っていたとは

それはそうと伊那北駅は、線の「交互分岐」往路の豊橋方面行き下車時は、乗客が構内踏切を渡る邪魔にならないよう左側の番線に進入しました

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系の良いところは瀬戸大橋線昔のマリンライナー同様ドアクロスシートなところ

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帰路の伊那松島駅でも、系が、複数留置されていました

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飯田線は、伊那市以北は、比較的スピードが出ます鈍足感は駒ヶ根飯田天竜峡付近ですね 次回は辰野駅到着です

2016年2月11日 (木)

飯田線少し南下-3

「沢駅」だったと思う交換設備が廃止され相対式ホームの片面+路盤が残る

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《飯田線の北の拠点長野県内でJR東海香がある》伊那松島駅(箕輪町中心)に、ドアが留置

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「南箕輪村」の《中心地≒プチ工業地帯》の北殿駅

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そして、目的地平成年から年住んだ伊那北駅に到着

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今回のプチ旅「南限」です次回は帰路を

2016年2月 9日 (火)

飯田線を少し南下-2

JR東海豊橋行きロングラン到着

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辰野駅までは、中央東(旧)線でJR東日本管轄停車中は、辰野支線用E飯田線「宮木駅JR東海」との分岐

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飯田線に入り、宮木駅は、片面ホーム羽場駅は、行き違いができる駅だ

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しばし、伊那北駅到着まで、飯田線の駅を解説します

2016年2月 7日 (日)

飯田線少し南下-1

岡谷駅にて、分発豊橋行き「ロングラン」待ち中

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(昨日アップの塩尻駅とは逆)分岐は、みどり湖新線川岸(旧線)と

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川岸・辰野経由は、列記とした中央東線だが、岡谷辰野は、実質飯田線の延長

待っている間に、【いずれ過去のものとなるであろう】E系スーパーあずさ

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(乗ってきた)あずさ号の次の号あずさE系新宿行き松本での分続行が新宿で分の差ができるのは、号が、実質「甲府発着かいじ」の延長みたいなもんだからだろう

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次回は、岡谷からJR東海車両に乗って、飯田線に入ります

2016年2月 6日 (土)

飯田線少し南下-0

[現在継続中シリーズ]は少し休み旬なネタで(仕事がてら)飯田線プチ旅です

まずはE系あずさ「東京行き」で(今や飯田線の北の入口である)岡谷へ

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塩尻駅では、系北行きE系辰野支線待ち系しなのと離

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中央東線用のホームなので分岐は、中央西線とではなく、辰野支線(中央東線旧線「小野」駅)現本線(新線塩嶺トンネル)「みどり湖」駅との分岐表示です

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次回は、岡谷駅で、JR東海車両に乗り換えです

2016年2月 5日 (金)

草軽電鉄廃線跡-1

つづきです。右側「進入禁止マーク」が廃線跡です

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ちょっと南へ寄って見ました廃線跡感は少ないですが 一直線+ゆるやかな勾配は、軽便鉄道にはぴったりだったかも

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写真右側から手前の方向へ急カーブを描いて線路はったようです

これまた、軽便鉄道が故の線形か

つづきます

2016年2月 4日 (木)

草軽電鉄廃線跡-0

ネタを探して「寒い時期」に軽井沢ネタを写真撮影は夏期なので、涼しそう感

JR吾妻線開通前に、軽井沢と草津温泉を結んでいた、「草軽電気鉄道≒通称【草軽】現在の“草軽バス”」廃止は昭和を取り上げます

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長野県軽井沢付近に、目立った遺構は残っていないが現軽井沢駅から北上した本通りが、三笠通り旧中山道に分かれるところに、【旧軽井沢駅舎】という名の「ショップ」が旧軽井沢駅跡上+下の写真はそこから、三笠通りを北上したところで、この道路が廃線跡自転車車が行き交う

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おそらく右側(北上専用左側は南下専用)が廃線跡だったと思うこの[不自然な道路の段差]が、まさに廃線跡だがゆえに

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《世が世なら》ここに、軽便鉄道風でも良いから、今でも列車が走っていたら、軽井沢名物のつとなっていたに違いない

なお、(小型)電気機関車デキ型は、軽井沢駅しなの鉄道側駅舎下に保存してあり、いつでも見れます つづく

2016年2月 2日 (火)

名鉄岐阜付近廃線跡 -2?

と、題して、忠節駅付近の廃線跡シリーズのつもりだったが、思い出せない

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左に、うっすら「岐阜・名古屋方面」ってあるから《名鉄線》であろうと思う

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しかし、「あまりにも【現役路線っぽ】すぎる」

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こういった、【構内踏切のある光景】は好きだしこれが廃線跡だったら、なお好きなはずだが

っと言いつつ、本シリーズは終わり またネタ探します

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