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2016年1月31日 (日)

名鉄岐阜付近廃線跡 -1

(名鉄)岐阜駅を出て、旧市内線の電停跡地へしばらく、【主が現れるのを待つかのように】しばらく路面の線路は残されていた

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この付近の路上に(黒野行き急行忠節行き市内線を待つ)人が一杯一杯だったのは今は昔 初めて見に来た昭和年代 当時から岐阜市内は、路面電車に対して冷遇していた このずっと奥は、徹明町交差点だが、とにかく線路内に車がたくさん侵入し、定時運行は妨げられていた

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(バスで)忠節駅跡付近廃線跡を見に行ったのだと思う

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急行黒野行きは、専用軌道は当然通過駅あり+市内線(徹明町・千手堂・西野町のみ停車≒隔電停通過)していた

それだけに、廃止が悔やまれます

2016年1月30日 (土)

名鉄岐阜付近廃線跡

引き続き、名鉄シリーズ名鉄岐阜駅(旧新岐阜駅)各務原線ホーム 名古屋本線ホームとは、扇形的に離れているこのホームからは「犬山経由河和行き急行」が発車・「三柿野で、普通電車と連絡」放送を、初めて聞いたのは、昭和年代

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当時は、今留置中の電車の位置に、田神線(美濃町線直通)の低床ホームがあった

通常電車の高床ホーム路面電車の低床ホームが並ぶ様は、広島電鉄を思い出すが今は、そのホームの痕跡すらなく線路のみが留置線として生きている

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たしか、平成年に岐阜市内線+美濃町線+田神線(揖斐線+谷汲線)が廃止≒一掃されたはず わずかに低床ホームへのプローチの階段が残っています

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次回は、「路面電車廃止後他事業者が、【買い取って営業するかもしれない】っと残されていた、市内線路面電車線路を見ます

2016年1月27日 (水)

名鉄内海駅-3

最終回あらためて高架の途切れたホームのエンド部を うん旅情載の感じ

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また、あらためて《未成線にすらなり損ねた師崎港方面を臨む

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帰路の電車だろう(河和線との分岐駅)富貴方面を見ました

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以上で、ネタ切れまたネタ探します

2016年1月26日 (火)

名鉄内海駅-2

つづき高架の端部を、終端側から見ました「延長するぞって意気込みが、垣間見えなくもない

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でも、住宅が建て込んで 今更用地買収は無理もっとも、用地買収しようとしていたかどうか不明

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内海駅入口へ戻り師崎方面 知多バスの乗り場があります

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あと回で終わりです

2016年1月24日 (日)

名鉄内海駅-1

内海駅終点から駅外へ出ました高架の端部から師崎方面への延長未成遺構≒《延伸するぞ》って感じです

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(高架端部の真下へ移動)単線から線へ広がるくらいだから、建設当時は延伸する可能性があったのだろうが、今は住宅が立て込んでいる

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高架の外へ出て、駅ホーム方向を見ました

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これだけ見ると立派な《未成遺構》と言えなくもない

しばし、「終点の“雰囲気”を探索」します

2016年1月23日 (土)

名鉄知多新線-1(内海駅-0)

知多新線内海駅終点到着 駅名票も電車も「名鉄カラー」が懐かしい

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単線ローカル駅だが師崎(もろさき「しさき」と読んで恥かきあり)港までの延長が予定されていたからか線もあるImg_7429
ホーム満遍なく使用されているようだ

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写真がたくさんあったので)しばし「内海駅終端駅」シリーズを継続します

2016年1月21日 (木)

名鉄知多新線-0

名鉄シリーズ一転南下して、尾張地域から三河地域知多半島へ

名鉄知多新線豊田新線は熟成して豊田線に変わったが「開発途上頓挫」の内海方面は「知多新線」の名称のままその終点間際内海野間には、【小野浦駅予定地】の未成ホームがある

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単線区間です徐々に近づいてきて未成駅しかも複線(行き違い)用地ありが見えてきました

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この駅が開業することはあるのかなんとなく、JR外房線行川アイランド駅を思い出さなくもない

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次回は、【場違いに大きい】内海駅です

2016年1月19日 (火)

名鉄尾西線玉ノ井駅-1

つづき兼最終回 廃線跡シリーズですがあまり「廃」の要素が少ない

玉ノ井駅終端部を北西部分から

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同じく、北東部分から

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名鉄の車両も懐かしいこれらの背後に続く「廃線跡を想像する」のも楽しい

次回は、また古いネタを探します

2016年1月17日 (日)

名鉄尾西線玉ノ井駅-0

(ネタ切れなので 保存している古い写真から

名鉄尾西線玉ノ井駅終点です

 時は、平成 名鉄尾西線は、弥富津島一宮玉ノ井の路線ですが、弥富佐屋津島は、津島線(須か口・名古屋方面)と直通津島一宮の系統と一宮玉ノ井の系統が、名鉄一宮駅岐阜方向の退避線で、直列に並びます

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平成年から年間は愛知県津島市在住一宮市内に勤務していたこともあり、尾西線は何度も乗車 この近辺にも何度も来ていますがこの先木曽川港までの廃線跡は辿ろうとしても、よく分かりません

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こんな感じエンド部分は以遠は、住宅地その奥も道路へ転用されている

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ただ、なんとなく【ローカル線】の【終着駅】で《棒線》ってのは、独特な雰囲気があります あと回本シリーズで

2016年1月15日 (金)

正月の食卓2016

今年の正月(恒例になればいいですが)ー度目の配偶者実家の親族集まりです 去年の様子は、拙ブログにて

http://hai-zaivartz-sen.cocolog-nifty.com/meikyoushisui/2015/01/post-db7d.html

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去年は質素ながら今年は、豪華系ですぐに

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義弟夫妻のワンチャン歳です

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 配偶者実家に泊めてもらい 翌日は、近くの神社へ義両親とともに、《安産祈願》してきました

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こんな感じで、今年の正月は過ぎて行きました 次回は、「掘り出し」鉄道ネタ を探します

2016年1月13日 (水)

トキ鉄-9

年末旅シリーズ最終回以前に来た時は、【建設中】だった、新幹線高架区間(一時期は、“スーパー特急方式≠現フル規格”だったが今や、時速km/の現役北陸新幹線を右手に、トキ鉄気動車は直江津へ新幹線は、内陸へ向かって上越妙高駅へ

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往路上手く撮影できなかった トンネル駅「筒石駅」です在来線特急はくたか系時代は、疾風の如く駆け抜けて行きました

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かつて平成年頃北陸線旧線跡遊歩道を探索し 筒石駅から乗車もぐら駅ですが降りるだけだったので、楽し、直江津へ戻ったことが思い出されます

次回は、鉄道シリーズから少し離れて、正月食卓風景です

2016年1月11日 (月)

トキ鉄-8

「糸魚川駅」レベルなら、なんか食事処があるだろうって思っていたらナッシング「ハートインJR西日本系」的セブンイレブンで、食事を買いこんで

帰路の、直江津行きトキ鉄は、往路と違うタイプ JR西日本姫新線で走っているタイプにより近い

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内部は、(往路のボックスシートと違って)の転換クロスシート

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糸魚川駅で、分の停車時間がったので早めに入場+人席をキープ往路とは逆の南側≒山側を見ながら、東進しました

次回が最終回+おまけです

2016年1月10日 (日)

糸魚川駅-5

糸魚川駅から去る時間が近づきました

新幹線ホーム入口ですはくたか号の一部は、在来線時代同様糸魚川駅を通過黒部宇奈月温泉と選択停車)すれば良いと思うが 「本数が多いわけではない」+「通過しても、多くの需要を見込めない」≒停車して、客を拾う方がよいとの判断もうなづけなくない

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 左 在来線奥、直江津方向右 新幹線ホーム

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(ここからは「特急乗車口表示が無くなったこと」等が見えなくなったことが分からなくとも)在来線特急が無くなったホームは、寂しげに見える

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反対側 左 新幹線 (その昔は、大糸北線用ディーゼルカーレンガ車庫跡地 右の屋根の下に「JR西日本 大糸北線用、切欠き番線」さらに、その右が旧駅本屋

次回は、「トキ鉄車」で、帰路です

2016年1月 9日 (土)

糸魚川駅-4

次回以降のアップ過去の拙ブログ能生糸魚川間の新幹線建設中の様子です

http://hai-zaivartz-sen.cocolog-nifty.com/meikyoushisui/2013/11/post-9bd9.html

つづきキハの車内を抜けて

「毎度おなじみ」鉄道ジオラマがあります

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大人から子供まで自分で《運転気分》を味わうことができます自分の“車両”を持ち込むことも可能なようです
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過去、北陸線をにぎわせた、スノーラビット急行型雷鳥系や気動車の模型が展示され、往時をしのばせます

そろそろ、【戻りの時間】です

2016年1月 7日 (木)

糸魚川駅-3

旧糸魚川駅に至る、北陸線時代の直江津糸魚川のコマは過去の拙ブログ

http://hai-zaivartz-sen.cocolog-nifty.com/meikyoushisui/2013/11/post-4a10.html

キハ室に入って、まずは回りこんで、右側前面を

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次は、側面の飾り引退時のヘッドマーク

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そして車内に入れますただし飲食は止です

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続いては、キハ室の「奥にある」鉄道ジオラマパーク 結構なスケール子供向けにしては です

2016年1月 5日 (火)

糸魚川駅-2

こちらは【現役時代の大糸北線(キハ系≒駅舎は新幹線建設中パネルでキハ系あり

http://hai-zaivartz-sen.cocolog-nifty.com/meikyoushisui/2013/11/post-611a.html

室側へ徐々に近づいていきます

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「超」接近接写です

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中に入って見ました

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しばらくの間、待室内+を堪能します

2016年1月 4日 (月)

糸魚川駅-1

拙ブログこれの続きみたいな感じ

http://hai-zaivartz-sen.cocolog-nifty.com/meikyoushisui/2013/12/post-b0f5.html

これのか月前には、「旧」糸魚川駅の記事をアップしています

そしてこれが今の、糸魚川駅海側です特に何もありません

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たしかキハwithレンガ倉庫保存があると思って新幹線口(南側)へ行くとありました

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線路+奥に、キハ

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今は、「キハ」になって、誰でも入ることができます

つづきます

2016年1月 3日 (日)

トキ鉄-7

日本海ひすいライン単行気動車はトンネルを抜けて(奥に北陸道が見える)名立の駅へ 線の“通過線あり”の新幹線タイプの追い越し駅だが、快速も停車するため、通過線を通るのは貨物列車のみその貨物列車すら、すれ違うことは無

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名立駅も能生駅も、内陸へ移設旧線跡はサイクリングロードこの駅も線の追い越し可能駅だが、今ではその長さ設備を持て余すように「ワンマン乗車口」の案内が、ひっそりありました

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浦本駅で、旧線跡が海側から流します

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次回は、あっという間の糸魚川駅到着です

2016年1月 2日 (土)

トキ鉄-6

月アップの拙ブログ記事の続き的な内容です

http://hai-zaivartz-sen.cocolog-nifty.com/meikyoushisui/2015/06/-5-c358.html

この時は、《えちごトキめき鉄道》でも【妙高はねうまライン】今回は、直江津から、「日本海ひすいライン」の単行気動車JR西日本姫新線車両がモデルのET系で、西進です 糸魚川梶屋敷の交直流デッドセクション切替車両費用アップを避けたための、「架線下」DCです

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(この)車両は、ボックス式クロスシート早めに座って、窓≒日本海側キープしなの鉄道と違ってトイレ付きなので安心

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有間川駅を過ぎて、トンネルに入ります右側へは、旧線跡のサイクリングロードが分岐していきます

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旧特急街道ですが、ローカル駅とはいえ、優等列車が激減して、各駅ともなんとなく寂しい雰囲気が増しています

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