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2015年12月31日 (木)

直江津港貨物線廃線遺構ー終章

つづき=最後です車止めの向こうに続く、道路直江津港への道

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(おそらく)線路跡を流用したのだろうが、遺構はゼロ

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振り返って 車止め≒線路の端は、なんとも言えない虚無感っと言いつつ遺構感

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ってことで、直江津駅近辺シリーズは終わり次回は、年明けに「年末プチ旅やっぱり「直江津つながり≒トキ鉄関係」です

2015年12月30日 (水)

直江津港貨物線廃線遺構ー序章

直江津駅付近シリーズかつて直江津港までの貨物線がありその廃線遺構をちょこっと見ます

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直江津駅東方本の線路が、北へ向かって、きれいなカーブを描いて

止まっています かなり【錆びて】います

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この「行き止まり感」も、『鉄的』にはタマラナイ

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このまま、奥に見える道路(直江津港へ)へつながっていたのだろう

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次回で終わりですが 「道路へ転用され廃線跡っとまでは言い難いですが、【遺構感】たっぷりの光景です

2015年12月28日 (月)

JR時代?の直江津駅♪

時は平成所用で、直江津駅付近へ行った帰路のき時間

北長野駅の「長野車両センター」同様直江津駅東寄りの留置線には、たくさんの(解体を待つ?)首都圏地域の車両が集まっていたImg_7397

旧京浜東北線用アップ

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こちらは、駅舎北側からこちらは、南北自由通路から

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新潟色系は、今でも見れるかも

ほくほく線の普通列車用も、当然現役

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過去、拙BLOGで取り上げたように今はえちごトキめき鉄道トキ鉄が管理

でも、「こんな雰囲気」は、まだ残っているだろう

しばし直江津駅近辺シリーズを

2015年12月27日 (日)

スーパービュー踊り子

時は平成年の春首都圏在住時熱海で出張用務を済ませ快速アクティのグリーン車で帰途しようとしたら、ちょうど「スーパービュー踊り子号全車指定席」の時刻席がったので乗りました (隣は系のよう

 指定席(特急)券は、乗車時にアテンダントさんがチェック≒関東の私鉄有料特急方式なのは、(B特急区間でありながら)A特急料金適用電車だけのことはある車内改札が無い【快適】さ

 さらに、熱海を出ると、横浜までノンストップ with 戸塚で(同じくA特急料金適用の)成田エクスプレスE系を追い抜き(←走る線路が違うので“たまたま”

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私が、初めて系に乗ったのは、平成甲府系ふじかわ富士系で熱海乗換伊豆急下田へ行った時だと思う

その時は、伊豆急のオリジナル車が淘汰され旧国鉄旧東急車が投入されていた頃(観光せずに)折り返し、河津まで伊豆急バス修善寺伊豆箱根鉄道(JR乗り入れ)で三島へ行きました

2015年12月25日 (金)

JRゆめ咲線~桜島駅~終章

タイトルは「ゆめ咲線」より「桜島駅」のほうが良かったかも

桜島駅終点の雰囲気です (拙ブログで“ありがち”な終端区間から先の)延長予定≒未成区間はありません

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駅舎も「すっかりきれい」になり、【泥臭い】通勤路線時代のイメージはありませんこの場合の「きれいさ」は、問題無しです

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このシリーズは終わりさて次は何かな

2015年12月23日 (水)

JRゆめ咲線~序章

鉄道シリーズ継続USJ完成以降それまで日中分毎で乗りにくかった桜島線愛称「ゆめ咲線」に乗りやすくなりました平成年頃だったと思う

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(工業地帯だった)桜島駅近辺も、奇麗になりました

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終端部から見た、乗ってきた系電車【USJ仕様】

アップです国鉄型系は、(和田岬線以外の)関西区間で,もはや残っているのだろうか

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このシリーズは、次回で終わりです

2015年12月22日 (火)

阪神電鉄春日野道駅

「鉄道ネタ復活何にしようかと、パソコン内データを探したところ地元神戸市の阪神電車の春日野道駅ネタにしました

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かつて「日本一狭い+危険なホーム島式」を残したまま、両側に相対式ホームが完成したのが平成

撮影したのは平成年頃だったと思うが何度か、通過はしていたが、なかなか【春日野道駅で降りること】が無かったからじゃないかな

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山陽電車の回送(大石で折り返し)が通過中(営業運転時代(の晩年)は、当駅+岩屋に停車し、西灘は通過

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子供の頃の、神戸大阪の移動は、もっぱら(当時運賃が高かった)国鉄よりかは、(大阪市営地下鉄乗り換えに便利な)阪神特急(停車駅は、御影・芦屋・西宮のみ)

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三宮を出て、急に減速警告ベルが鳴る春日野道を通過速度が上がって明かり区間が見えると岩屋駅って思い出が懐かしい
春日野道・岩屋・西灘とも、震災等を経て、すっかり様変わり昭和の時代から考えると、【隔世の感】があります

2015年12月20日 (日)

新しい生命の誕生♪

(鉄道ネタカムバック前

配偶者の体内に宿った新しい命月はまだ1センチ未でどれが「胎児?」なのかも分かりませんでしたが

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月にはセンチ

月にはセンチになり、【人間の形】に見えました

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もし「無事に産まれたら」育児カテゴリーが頻繁追加鉄道ネタと併用です

まだ何があるか分かりませんひたすら「人間として認められる≒元気に、この世に現れる」ことを祈るばかりwith配偶者も無事で

2015年12月19日 (土)

伊那市-2

最終回ですJR飯田線伊那北駅近くの山寺交差点天竜川を渡って再度中央アルプス木曽駒ケ岳方面

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ちょっとアップ

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ちょっと北寄りにて 同じく木曽駒ケ岳方面を

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フィルム写真でも何枚か撮影したようなとにかく思い出深い地域でした

次回は、鉄道ネタかな

2015年12月17日 (木)

伊那市-1

つづき伊那北駅付近天竜川東のプチ市街地見た南アルプス ~仙丈が岳方面です 甲斐駒ケ岳の荒々しい山容と違った女性っぽい山容の山

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「ちょっとしたメインストリート」with甲斐駒ケ岳よりです

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ちょっと春になる前だったかな? 気がきれい≒景色が奇麗でした

あと回で終わり 鉄道シリーズに戻りたい≒ネタ探し

2015年12月16日 (水)

伊那市-0

(写真残懐かしさこめてアップします

平成年から年間住んだ、長野県上伊那地区伊那谷の伊那市 平成年に南アルプス日本第位の標高北岳に登頂した際立ち寄った伊那市に、翌年から住むとは思わなかったが

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「去り際」に撮った写真から中央アルプス木曽駒方面を

こちらは、市内の名峰「経が岳

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同じくこの建物なんだったけなあ

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牧歌的雰囲気が懐かしい 今となっては、公私共々「激動」の年でした

2015年12月14日 (月)

SKIээ♪

鉄道ネタ切れ残っている写真~スキー場での一コマ 時は平成年シーズン白樺高原国際スキー場(だったと思う

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遠くに、槍ヶ岳北アルプス穂高連峰が見えたので写真を撮ったと思う

冬は、空気が澄んで 景色が奇麗に見えるのが良いところ

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乗鞍岳西穂高ジャンダルム奥穂高北穂高大キレット飛騨泣き大喰岳槍ヶ岳の【槍穂連峰】は、ずっと見ていたい

次回は、ちょっとした「田舎の一コマシリーズ」を

2015年12月13日 (日)

樽沢トンネル~終章

わずか回のシリーズでした 「樽沢隧道過日アップとは別」の案内です 歩道に設置してありました

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こちらは、渋川方抗口もうすぐ奥が、トンネル出口大前方です

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このトンネルを電車に乗って通ったのは平成

長野軽井沢バス万座・鹿沢口新特急草津系でした

これでネタ切れなので、しばし次回は鉄道ネタから離れます

2015年12月12日 (土)

樽沢トンネル~序章

今回は、(結果的に)廃線跡となった吾妻線日本一短いトンネルだった樽沢トンネルの“現役時代を”

 今は「矢ツ場ダム」工事による水没新線切替となり(水没は免れたものの)廃線跡となってしまいました

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歩道に、このような標識がありました今はどうなっているやら

見上げると、大前方抗口が

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ちょうど真横から 特急草津系か普通系が走っていれば、トンネルの長さが、「車両1両未」だということが分かる≒よく雑誌で掲載されている写真が見られるはずだったが、ローカル区間のため、「現役時代の雄姿」は見れず

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時は、平成で行って、ちょっとしたスペースに停めて 自転車でこの地点に行きました

次回が最終回です

2015年12月10日 (木)

富山地鉄射水線廃線跡-2

つづき≒最終回 言葉は要りません四方駅跡付近廃線跡サイクリングロードです

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「奇麗な【鉄道的カーブ】跡」この時はサイクリングを楽しみました

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 廃線跡シリーズはしばし終わりでも次回は【今は亡き】吾妻線「樽沢トンネル日本一短いトンネルだった」現役時代の写真アップです

2015年12月 8日 (火)

富山地鉄射水線廃線跡-1

つづき「鯰鉱泉」駅付近(北側)の廃線跡遊歩道です

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「真っすぐ伸びた道」に『廃線跡香が漂います

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「サイクリングロード」も兼ねているので、この時は【折りたたみ自転車(+)】を駆使して、【全身で廃線跡感】を体感≒喫しましたImg_7557
次回の「方駅付近」廃線跡で、シリーズ終了です

2015年12月 7日 (月)

富山地鉄射水線廃線跡-0

さて、時は変わって、平成富山県富山地方鉄道射水線の廃線跡を探索しました その数年前に、旧加越能鉄道 新高岡(現高岡駅前)越ノ潟を制覇し無料フェリー旧新港東口駅跡に、友に迎えに来てもらい 新富山電停(現地鉄市内線)まで、廃線跡を探索した際の「復習」のようなもの

本記事のスタートは、逆L字型の「カドの部分」たる《四方(よかた)》駅の南隣の【鯰鉱泉】駅跡から

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奥が(名前の由来の)温泉手前が、「ホームの残骸≒遺構」

それを「アップ」 なんとなく、「ホーム跡っぽい」私好みの良い「朽ち果て」方≒遺構感

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上の写真は北東寄りからこの写真は北西よりから

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この右側を線路が、南北に走っていたようだいわゆる「線のみ」の『棒線』駅
私が子供の頃は、まだ「射水線が現役(ただし、高岡市内は、加越能鉄道と分離後)」で、両が、コトコトと走っていた写真を覚えている

終点なのに新港『東口」って呼称が、なんとなくおかしかった

つづく

2015年12月 6日 (日)

南海平野軌道線廃線跡ー続

追加です昨日アップした、終点「平野電停」の進入部分跡

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そして、これがアップ忘れ

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終端部分から見た、天王寺・恵美須町方面ですだから、どうっってことありませんがせっかくなので、「LASTの“続”≒しっかり《線路跡を踏みしめられる》」ってことで

次回こそ、富山地鉄射水線跡平成月です

2015年12月 5日 (土)

南海平野軌道線廃線跡-LAST

もはや本シリーズも最終回阪神高速から分かれ、鉄道的カーブを描く廃線跡軌道路盤

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ここで、一度アパートが「廃線跡を絶ち切り」ますレールの“モニュメント的埋め込み”が、プロムナードに華を添える感じ

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この建物に遮られても、その奥に遊歩道は続き終点平野電停に辿りつきます こればっかりは「奇麗に整備されていても」構わないって感じ 終着駅(電停)らしさを演出

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平成年度の「貪るような廃線跡探索関西地区」は一先ず終わり 次回は北陸地方の廃線跡です

2015年12月 4日 (金)

南海平野軌道線廃線跡-1

つづき阪神高速の下に続く廃線跡南海平野軌道線Img_7360
(多少変わっているかもしれないが)鉄道的カーブを描くプロムナード散歩道廃線跡

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同じく「言葉は要らない」まぎれも無く昭和年代には、ここに《鉄路》があった

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次回は、終点平野電停跡付近最終回です

2015年12月 3日 (木)

南海平野軌道線廃線跡-0

今回からは貴重な「大阪市内の路面電車」で昭和年まで走っていた「南海電車」の“軌道線”(現《阪堺電軌》)である「平野線」の廃線跡

路面電車の廃線跡だと道路に飲み込まれて「分からない」ことがあるが、幸か不幸か 専用軌道が多かった路線だったので、意外と遺構があります

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地下鉄谷町線(の延伸八尾南が平野線廃止の代替)の現平野駅で降りて、やや北へ歩く阪神高速松原線の下部分が、公園になっておりレール跡が、モニュメント的な遊歩道となっている

その名もズバリ「なんかいでんしゃ ひらのみち」

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この「プロムナード線路跡的モニュメント」は、高速道路から分かれても、続きます

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私の考え方では「ちょっと奇麗すぎる」遺構だが路面電車だけに、【街中に溶け込んで】暖かく残してくれているって≪好意的≫に考えよう

つづく

2015年12月 2日 (水)

阪和貨物線廃線跡-LAST

最終回ですいずれも谷町線出戸駅付近にて

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「言葉は要らない兵どもが夢の跡

複線路盤がもったいないがまぎれも無く「歴史の証人+証拠

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ここに列車が走ることは無いだろうしかし「走っていた歴史」は変わらない

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「阪和貨物線跡」は終わり次回は南海平野軌道線廃線跡シリーズを

2015年12月 1日 (火)

阪和貨物線廃線跡-1

つづき「ちょっと引いて」俯瞰してみました廃線路が、左上から右下へ延びている 間には、歩行者用「踏切」があって、線路が分断されている

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跨線橋≒歩道橋があったので、思いっきり廃線跡を堪能でも、分断されているのを見ると辛い

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複線化用地が確保されていた≒旅客化が検討されていたことがうかがえる

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次回で最終回この阪和貨物線は、久宝寺方面や杉本町方面も見てみたい

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