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2015年11月30日 (月)

阪和貨物線廃線跡-0

時は、平成年の大晦日荒んだ邪(よこしま)な心のまま廃線跡探索を「貪(むさぼ)るかのように」励んでいた

大和路線八尾駅かつて「特急あすか」が走って阪和線杉本町を結んでいた阪和貨物線跡 「おおさか東線」と連結する夢も断たれ廃線跡になったせめて休止状態なら復活も可能だろうが、線路は「断ち切られて」いました

場所は、大阪地下鉄谷町線「出戸」駅を出たところ

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一応、JR西日本が管理している

錆びた線路に、哀愁を感じる

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「断ち切られた線路」の証

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このシリーズはあと回続きます

2015年11月29日 (日)

有田鉄道廃線跡-LAST

 早くも最終回です 藤並駅から、金屋口に向けて、有田鉄道廃線跡は、遊歩道になっています

この日は平成大晦日寒かったので紀勢本(きのくに)線と、路盤が分かれるところまで、少し歩きました

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JR駅跨線橋に戻って、改めて、廃線跡路盤+廃ホームを見ましたおやっ左に見えるのは

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(今は亡き系くろしおオーシャンブルーの紀勢色

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今や、+オーシャンアローサンダーバード転用系に取って代わられた懐かしい「国鉄」車両

以上で、和歌山県から去り大阪の阪和貨物線+軌道平野線の廃線跡へと移りました

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2015年11月28日 (土)

有田鉄道廃線跡-1

っていうより、「藤並駅遺構」っていうほうが良いかもしれない ホーム跡は、完全に「自然に還ってきて」いる

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この小さな小屋が、駅舎遺構?かも奥のJRホームには、「阪和色」(大昔の、国鉄新快速系の流れをくむ)ブルーライナーが停車中

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そこからの廃線跡は、きれいな遊歩道に整備されている

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毎度毎度「きれいに整備されすぎ」は、遺構感的がっかりだが探索・辿るという意味では、やりやすい

次回が最終回です

2015年11月26日 (木)

有田鉄道廃線跡-0

時は平成月末やってきたのは、紀勢本(きのくに)線藤並駅

左JR藤並駅右、有田鉄道の同駅跡+廃線跡の道路(遊歩道)が奥に伸びている

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晩年は、朝夕の数往復だったらしいが、ちょっと北にあった「野上電鉄」よりかは、地元に愛されていたようだホーム跡地が、草むして残っている

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子供の頃、写真で、国鉄タイプキハ系のような車両が走っていたのを見たことがある ホームは、JRと、連絡改札口で往来できたようだ

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藤並駅は、一部特急くろしおが停車するがそのまた昔は、(藤並駅より特急の停車が多い)隣接の「湯浅駅」まで、有田鉄道列車が駅乗り入れていたようだ

つづく

2015年11月25日 (水)

西尾鉄道廃線跡-Last

最終回です写真の時系列ちょっと間違ったかも

名鉄バスで廃線跡専用道を辿って、福岡町(当時「土呂駅」)専用道=バスの終点

に到着します 終点は、バスが回転できる用地が確保されています

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バス停(専用道)の終点の先は、廃線跡の路盤が続きます遺構感覚がない分、結構良いかも

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そして、岡崎駅方向を臨みます

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福島県の白棚線奈良県の旧五新線富山地鉄射水線跡など、「廃線・未成線跡」活用のバス専用道は、【ゆったり+じっくり】と、探索できる点が良い

さて、今シリーズは終わり次回は、和歌山県紀勢線藤並駅の「有田鉄道」廃線跡シリーズを

2015年11月23日 (月)

西尾鉄道廃線跡-2

この辺り(終点福岡町)まで来ると、歩行は控えた方がいい箇所岡崎駅方面行きバスが発車した後、少し歩いて、この「通行止マーク」を撮影

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名鉄バスは、そんなに閑散運転では無かったようなしかも混んでいなくてき状態でした

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JR東海道線をくぐる位置が見えてきて

くぐります

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単線路盤です 次回が最終回です

2015年11月22日 (日)

西尾鉄道廃線跡-1

つづき正確には、西尾鉄道→岡崎市内線(路面電車)廃線跡かもしれない

しばらく、右側にJR東海道線を見ながら、南進(この辺りは、JRも蒲郡に向けて南北を走っている

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鉄道時代の遺構かと思ったが、「バス専用道」の制限速度K/hのようだ

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家と家との隙間を縫って単線路盤が続きます

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バス終点福岡町?だったかな ちょうど名鉄バスの横幅ぴったり

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ここより南も路盤が残っているようだが、専用道は土呂=現福岡町までですつづく

2015年11月21日 (土)

西尾鉄道廃線跡-0

次の廃線跡シリーズは愛知県JR岡崎駅からの西尾鉄道廃線跡JR岡崎駅奥に見える)を降りて、東側へ出て、豊橋方向へ歩んだところ

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現在は、名鉄バスの専用道になっていますでも、歩道としても利用なので探索しやすい

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振り返ってJR岡崎駅方向を見ました 単線の路盤です

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 この先、バスに乗って、見事な鉄道的カーブでJRをくぐりましたつづく

2015年11月19日 (木)

豊橋鉄道高師駅~廃線跡終章!!

今シリーズは回のみ貨物線の廃線跡のレールが残った状態で奥へと続いている

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(立入止っぽかったので)ズームで見ました カーブの先にもレールが続くのだろう

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振り返って車道を見ました行き交う車は古レールを見て何を思う

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去り際にもう度、正面から線路は続くよどこまでも

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次のシリーズは、JR岡崎駅からの名鉄廃線跡現在は名鉄バス専用道へ転用です

2015年11月18日 (水)

豊橋鉄道高師駅~廃線跡序章!

未成線の跡は、平成年に探索した廃線跡豊橋鉄道高師駅~伸びていたユニチカ工場への貨物線跡

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今は公園の散歩道となっていますが

見事な鉄道的カーブを描いています

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公園を抜けて、車道を越えた先に、線路が残っていました

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「線路が残っている」って事実が嬉しい

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その上に駐車している自動車は、何を思う

今シリーズは、次回で終わります

2015年11月16日 (月)

国鉄佐久間線未成線-LAST

シリーズLASTです左側が駅舎+駅予定地道路を渡る橋台ができています

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その予定地アップがこちら駅ができていたかもしれない位置の「橋台跡」が虚しく残る

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枚目の写真のずっと右側遠州二俣方向へ橋台未成築堤が続く

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枚目の写真の位置から続く、橋脚+奥の橋台+路盤が延々と続く

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 このような、未成路盤未成遺構全国にいくつも残っているそれらをいつまでも見てみたいものだ 本シリーズは終わり 次は【どこかの】廃線跡を

2015年11月15日 (日)

国鉄佐久間線未成線-7

つづき 現土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線の「土佐の万里の長城+土佐のバベルの塔」ならぬ、「奥遠州の万里の長城」か

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(小学校も近くにあったか)このような住宅地近くも、未成路盤は続きます

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そして、主要道路を渡る橋脚とさらに奥に、遠州二俣へ続く(はずだった)未成の築堤

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ここに駅ができるはずでした駅前ロータリー+片面ホームが見えてきそう

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次回が最終回ですがもっともっと探索したい感載な未成遺構です

2015年11月14日 (土)

国鉄佐久間線未成線-6

相津駅 夢のかけ橋を過ぎ、次の地点- 遠江横山駅跡地に向けて、奇麗な鉄道路盤築堤が残っています

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筑豊炭田地区のボタ山っぽく、ところどころ奇麗な台形型断面の築堤が続きます

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築堤が無くなっても、路盤そのものは生活道路と一体となって続きます

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まさしく「兵どもが夢の跡万里の長城の端部みたく、築堤が崩れる=自然に還っていっています

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このシリーズはあと回ほど続きます 巡ったのがもう年前だから、今はどうなっているのやら

2015年11月13日 (金)

国鉄佐久間線未成線-5

「夢のかけ橋」を渡りきって道の駅側を振り返って見たところです

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ちょっとした、休憩所みたいな箇所があったように思います

未成路盤が続きます

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道の駅に戻って、改めて俯瞰してみました

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「鉄道未成遺構」には見えないかもしれません

「次の撮影ポイント」へ移動する、車内から見ました

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橋脚は鉄道のものだから、もし「鉄道が通っていたのなら」感たんまりです

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次の撮影ポイントは、「築堤未成遺構」です

2015年11月11日 (水)

国鉄佐久間線未成線-4

「夢のかけ橋」を渡ります

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橋脚部分は鉄道用ですが

夢のかけ橋本体は、あくまで人道橋用幅は、縮小されています

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横から、遠州二俣方面を見ると、【ちょっと鉄道橋】には見えにくくあくまで《後に“別用途”に整備された》感があります

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渡りきると未成路盤が残っており、こちらは「今にも列車が走ってきそう」感たんまりありです

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この「行きついた先」には、川と道路の間に挟まれた、トンネル抗口跡も見れました

しばし、この近辺をじっくり探索しました

2015年11月10日 (火)

国鉄佐久間線未成線-3

「夢のかけ橋」への階段です世が世なら、この階段が、「駅改札口」への入り口だったかも

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見えました 鉄道未成線≒未成橋脚に建てかけた「夢のかけ橋」と言われる【人道橋】です

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ちょっと横から見ると、こんな感じ鉄道だと、右側に見える勾配は登れないだろうから、鉄路だったら、また違った光景だったかも

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国道側へ出てみました 橋そのものは未成路盤ではないので、異質だが、間違いなく、「世が世なら」鉄道が走っていたかも

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次回は、この橋を渡ります

2015年11月 9日 (月)

国鉄佐久間線未成線-2

つづき未成遺構=路盤&トンネル抗口を見上げる

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くぐりぬけて、夢の架け橋方向の路盤を見る列車が走ってきそう感たんまり

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路盤部分へ駆け上がりました単線のようです

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反対側の抗口を覗きます一般人は入れなくとも、カギがあるので、何かに利用されているのだろうか

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次はようやく夢の架け橋アップです

2015年11月 8日 (日)

国鉄佐久間線未成線跡-1

天竜川を渡る「夢のかけ橋」が見える道の駅天竜相津花桃の里に到着相津駅予定地だと思うがまずは船明駅寄りへ進むと、未成の橋脚が残る

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この「抗口」が、過日アップした、船明駅寄りの抗口へとつながるのだろうか

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そこへは、この橋台跡の、左よりを登って近づくこともできます

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路盤もできていて、鉄路が敷かれなかったのがもったいない

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中津川線(中津川飯田)と同じくらい、【開通して欲しかった≒完成度から言って】路線と言えるつづく

2015年11月 7日 (土)

国鉄佐久間線未成線-0

未成線シリーズ~現天浜線天竜二俣駅飯田線・中部天竜駅を結ぶ予定だった国鉄佐久間線の工事の遺構を辿ります平成年の秋でした

場所は現在の浜松市天竜区「未成遺構」の北限相津駅予定地付近のトンネル抗口跡すぐそばまで近づけました

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こんな感じで今にも列車が走ってきそう感たんまり

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振り返ると駅予定地らしき間はあるが、土地は確保されていなかったようだ

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次回は、いよいよ?最大+最高の遺構第二天竜川橋梁≒夢の架け橋方面へ ここからの地点でした

2015年11月 5日 (木)

ここはどこだったっけ?

国鉄佐久間線未成線跡の探索前の回「パソコンに残っていた」この写真がどこだったか思い出せない おそらく、飯田線中部天竜駅前の佐久間ダムへの廃線跡橋梁=道路橋を遠くで見たもの国道号線~だと思う拙ブログで取り上げ済

http://hai-zaivartz-sen.cocolog-nifty.com/meikyoushisui/2015/02/post-8119.html

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同じようなカットと

少しアップしたもの

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で、次回は、国道号線を南下 佐久間線の未成線跡となった国鉄佐久間線船明駅 - 相津駅間の第二天竜川橋梁≒夢のかけ橋を

2015年11月 4日 (水)

夏焼トンネルを愛知県から

ネタ切れですで、古い写真からとはいっても、平成年秋?

飯田線大嵐駅からの「夏焼トンネル」(静岡県)を天竜川を隔て愛知県(旧富山村(とみやま))現豊根村の、地方道号線「飯田富山佐久間線」から見たところ

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この辺り、飯田線で有名な「小和田駅(こわだ)」長野静岡愛知県を跨ぐ地点に近いため、長野県天龍村から下り、愛知県に入って、大嵐駅は静岡県だ

左側の集落(静岡県浜松市)が、夏焼トンネル出て西へ行ったところにあるが、まさに「隔世の感」がある感じ

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景色は奇麗だがここは、日本なのかって錯覚もする

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この、水面の下に、飯田線旧線が眠っている

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このまま、国鉄佐久間線の未成線跡を探索に行ったと思います

2015年11月 3日 (火)

記念の場所がΣ( ゜Д゜)ハッ!

昨年拙ブログで取り上げた万平ホテル軽井沢 その時のエピソードはこちらに譲るとして

http://hai-zaivartz-sen.cocolog-nifty.com/meikyoushisui/2014/10/post-2367.html

今年も、先月行ってきました

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このドアを開けると、【あったはずのもの】が無くなっててびっくりImg_1806_2

昨年(の写真)あったはずのプロポーズしたベンチが無い

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万平ホテルに 文句は 言いませんでした

2015年11月 1日 (日)

中軽井沢駅

しなの鉄道の中軽井沢駅が、改装されていました前に来た時は、工事中その前に来た時は、信越線時代の、ひなびたローカル駅ムードの残香あり でも、信越線時代は、あさまの一部が停まっていた主要駅鬼押し出し方面は、軽井沢発のバスが、ここを経由する

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中身は、地域のコミュニティセンターも兼ねて、図書館もありました

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ホームを垣間見ました たしか、以前は変則線のホームだったがきれいな「相対式」ホームに変わっていました

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