フォト
無料ブログはココログ

« 2015年4月 | トップページ | 2015年6月 »

2015年5月31日 (日)

北陸路-10

高岡駅にて、IRいしかわ鉄道の車両≒IR= Ishikawa Raikway=という意味と+愛あーるという意味と+“J”Rの「個前アルファベット」を目指すというつの意味があるらしい

Img_1467
IRいしかわ鉄道あいの風とやま鉄道の境界「倶梨伽羅」駅倶梨伽羅峠の近く

Img_1468

JR西日本の「ロゴ」のままだって見たら 「倶梨伽羅」の文字の左側に、IRorあいのい風鉄道のロゴを「付けて」「変わりました」アピールを見つけました

次回は、金沢市近江町市場での、海鮮系の丼を

2015年5月30日 (土)

高岡駅

氷見線氷見駅にて、折り返しのキハにて高岡駅へ戻ります

Img_1464
高岡駅の時刻表あいの風とやま鉄道JR城端線氷見線が載っているが、JR西日本仕様だ

Img_1465
高岡駅で、相互乗り入れの、富山方面行き「IRいしかわ鉄道車(元JR西日本系)」が入線

Img_1466

これから、倶梨伽羅峠を越えて金沢駅へ向かいます

2015年5月28日 (木)

氷見線-3

氷見線終点氷見駅にたたずむキハ系気動車

Img_1461
終点駅の終端部は、旅情をそそる旅の醍醐味 もはや文化芸術

Img_1462
JR西日本の路線なので、城端線氷見線≒南北直線に描かれている 東葉高速鉄道系車内が、メトロ東西線東葉高速線を直線に描いているのと同じか

Img_1463
次回は、あいの風とやま&IRいしかわ鉄道で、金沢へ「北陸路」旅路程復活します

2015年5月27日 (水)

氷見線-2

雨晴駅到着向こうには、海岸が見えますここはJR西日本に所属

Img_1458
駅名表示も、JR西日本カラーのままです 海岸の反対側は、古い街並みです

Img_1459
そして、氷見線終点氷見駅に到着しました

Img_1460
 ここでは、《終端駅の旅情》を感じて折り返しまた、雨晴海岸を見て北陸路へ戻ります

2015年5月25日 (月)

氷見線-1

氷見線で、越中国分駅を過ぎると、次は「雨晴駅徐々に見えてきました

Img_1455

以前に来た数年前は、なんとも思わなかったが改めて見ると、絶景だ

Img_1456

海岸へは、雨晴駅から、分ほどで歩いて行けます 観光客は、中国人の方が多かったです

Img_1457

(氷見線は、既に完乗しているので)ここで降りても良かったけど、帰路も見れるので、一応終点氷見まで乗り通しました

同じところに度来ると、また違った発見があり気持ちが違うものです

2015年5月24日 (日)

氷見線-0

高岡駅から、氷見線キハ系で北上氷見線に乗るのは,人生回目車内は国鉄時代 の雰囲気がする-BoxSeat

Img_1451_2
伏木付近から,貨物線新湊方向が分岐します

Img_1452_2
こうした「工場的雰囲気」ですが風光明媚な

Img_1454_2

雨晴海岸が見えてきますつづく

2015年5月23日 (土)

万葉線

高岡駅にて旧加越能鉄道現万葉線は、高知・豊橋・広島(横川)・鹿児島・熊本同様、高岡駅前電停(旧「新高岡」と呼称)は、路面電車復活・復興・復刻継続を思わせるかのようにJR氷見線ホーム横にまで延伸されました

Img_1448
残念ながらこの日は、高岡市内の「お祭り」のため、昼間時は運休

Img_1449

よって、新しい「ポートラム≒ライトレール」仕様の車両は見れずきれいなホームのみ見れました

Img_1453

万葉線は、JR氷見線の能町伏木間で、オーバークロスして、越ノ潟へ向かいます

次回は、氷見線の旅路です

2015年5月21日 (木)

北陸路-9

高岡駅で下車氷見線乗り換えのつかの間高岡駅は、JR西日本時代ひいては、国鉄時代の香が残る奥は、城端線気動車

Img_1446
国鉄っと言えば、EF交直両用北陸線の花形EL でも単行

Img_1447
駅舎は、橋上化されたが、未だ「北陸線」の表示が残る

Img_1450

今、あいの風とやま鉄道は、まだ「JR~」の移行途上って感じがしました

2015年5月19日 (火)

北陸路-8

あいの風とやま鉄道で富山駅発車新しい高架ホームから降りてきて地上ホーム跡って思ったが、まだ使われているようだ

Img_1442
呉羽 の駅名表示は「JR西日本」仕様のまま

Img_1443
ICOCAが使用できる(石動越中宮崎)あたりは、《JR西日本香》が漂う

Img_1445

富山駅では混雑していましたが西進するにつれていてきました

高岡駅で降りて、氷見線へ乗り換えです

2015年5月17日 (日)

北陸路-7

再度鉄道シリーズ今一度、富山地鉄市内線の終端部この壁の向こうに、いつか、結ばれる「富山ライトレール線」が

Img_1438
(見慣れたJR富山駅(在来線)改札は)「あいの風とやま鉄道」管轄ちょっとJR(高山線)に もう「サンダーバード」は来ない

Img_1440
富山駅高架ホームは、なんと線に短縮 左、とやま鉄道(元JR)右、高山線JR西日本猪谷行きディーゼル(キハ系?

Img_1441

これで、高岡経由氷見線雨晴+氷見へ向かいます

2015年5月16日 (土)

白えび

富山駅に行ったら、必ず食する「白えび」丼以前は、富山駅構内駅ビル階にあったが、改装で、階へ

Img_1435
到着は時前でしたが、既に長蛇の列仕方なく

Img_1436

テイクアウトして、駅構内の待コーナー的なところで、食しました

店内で無くとも、美味いは美味いです とにかく「白えび食べれて」ホっとしたところで次回は、鉄道ネタに戻ります

2015年5月15日 (金)

北陸路-6

富山駅構内新電停終端から見ました系統、富山駅折り返し系統、循環線セントラム

Img_1434
階部分白エビ丼(後日アップ)を食べながら電停を見下ろしました

停まっているのは、比較的新しい車両

Img_1437
地図で見るとこんな感じ

Img_1439

左が北 富山ライトレールがあってあいの風とやま鉄道+JR高山線があって富山地鉄市内線電停がありますライトレール市内線との「接着」は、数年後らしい

ちょうど、新電停は、新幹線の真下になります
次回は、白えび亭+白えび丼の「グルメ」系アップです

2015年5月12日 (火)

北陸路-5

左奥が、富山地鉄市内線新電停右は、JR富山駅とあるが、JRは、新幹線&高山線在来線は、「あいの風とやま鉄道」へ

Img_1431


新電停へ近づきました 大学前&西町方面からきた路面電車は、一度「」富山駅構内へ乗り入れ=立ち寄る形方向転換します

Img_1432
この辺りは、拙ブログ平成月アップの「富山駅工事中」

http://hai-zaivartz-sen.cocolog-nifty.com/meikyoushisui/2013/12/-2-c8f8.html

と対比していただければ、「廃線跡」の真逆 「なにも無い間に、線路が現れる」ことが分かる

Img_1433

左に、環状線系統セントラム到着線路は、これより北は行き止まりだが、このちょっと奥には 富山ライトレール「富山駅北」電停があり、そう遠くない将来地鉄市内線ライトレール岩瀬浜 の直通運転が行われるだろう

まさに、路面電車「第の」新時代か その始まりは富山市から

2015年5月10日 (日)

北陸路-4

富山駅新幹線+あいの風とやま鉄道+右側は、富山地鉄

見違えった

Img_1428
富山地鉄市内線は、駅構内へ路線延長≒電停追加

Img_1429
新線区間を 旧タイプ電車が、南富山or大学前(orセントラム環状線)へ発射していきます

Img_1430
まだ、「富山駅北」電停ライトレールとの接続とは至りませんが、いずれ実現するでしょう

次回は、富山駅構内から

2015年5月 9日 (土)

北陸路-3

順調に北陸道を西進中 そして「一番見たかった」北陸道北陸新幹線の交差地点

Img_1424
新幹線は海沿いから、北陸道と交差して内陸側へ まだ新幹線建設中北陸道を運転していて この地点に来ると「完成」をわくわくしていたものだ

Img_1426
さらに、順調にインターを降り、富山駅到着

Img_1427
正面が、新装なったJR&あいの風 富山駅 中央から右側駅の構内へ、富山地鉄の路面電車が延伸 雨に濡れず鉄道線から路面電車に乗ることができるようになりました=同時に、駅前は、広島電鉄の紙屋町交差点のごとく、レールが“奇麗な幾何学模様”を描くようになりました

 路面電車の、鉄道駅構内乗り入れは、豊橋・広島の横川・高知に加え、熊本・鹿児島(駅への隣接)など、近年路面電車の見直しが進んでいるのは嬉しいこと 

2015年5月 6日 (水)

北陸路-2

北陸への旅バス富山行きは、順調に北陸道へ名立谷浜で、休憩中

Img_1421_2
Img_1422_2
何度か、マイカーで北陸道を走った時は、工事中だった、新幹線高架橋が見えてきました 向こうは日本海 新幹線はもはや営業路線です

ちょっとずつ近づいてきて、親不知付近では、北陸道新幹線は交差し新幹線は、内陸側に入ります

Img_1423_2
次回は、その交差地点+富山到着へ

2015年5月 5日 (火)

北陸路-1

往路の北陸路は経費削減のためにバスで富山へ

Img_1413
上信越道北信五岳の山々がきれいに見えた飯縄山

黒姫山

Img_1415
妙高&火打山

Img_1417

山の名は「おそらくの想像」です

上信越道は、片側車線のところありちょっと渋滞があったが、無事北陸道へ入りました 次回は北陸道から

2015年5月 4日 (月)

阪神地方ネタ-2

北陸旅行をしたので、北陸ネタを回挟んでの、続き=最終回です

当時は斬新=衝撃だった、京阪快速急行

Img_6976

鳴り物入りだった快速急行「中之島」行き

Img_6978

枚方市止めの特急を受けてor枚方市始発の特急と接続して、出町柳まで走りとおしていた頃の快速急行 今はどうなったのか 中之島出町柳を乗り通した時、ご丁寧に「急行との誤乗」防止のためか、「枚方公園」「八幡市」「伏見稲荷」の“通過”を強調していたことを覚えています

Img_6979

更に大昔は、準急も「京都側」を通過運転していました+守口市&萱島すら通過していた時代もありました

京阪電車は、子供時代神戸市民だった私には、関西大手私鉄の中では、めったに乗る機会が無かったので、複々線区間といい、区間急行といい、魅力的+乗る機会が楽しみだったことを覚えています

次回からは、「北陸旅路鉄道グルメ」シリーズです

2015年5月 3日 (日)

北陸路-0

1430647514364.jpg 海鮮丼@金沢市の、近江市場で、食べましたすごい人気で、分待ちでも、甲斐ありました

2015年5月 2日 (土)

阪神地方ネタ-1

故郷神戸大阪ネタを回に分けて

阪神御影駅番線(特急停車+快速急行通過用)の反対側に残る、貨物取扱いホーム跡 所在無げだが、どことなく、ほんわかさせる遺構である

Img_6971
上の流れで、阪神福島→徒歩→平成月開通の京阪中之島線に乗りに行った 大阪市北区の堂島川と土佐堀川に挟まれた「中之島」は、神戸市の中之島より、はるかに《スケール》が大きい小さい頃、母に連れられ、たくさんの「橋」がかかっていたことを覚えているのだが鉄道白地帯を埋めたことは画期的ではあった

Img_6973
鳴り物入りで走りだした、快速急行系に、ワクワクしていた

Img_6974
いかんせん「行き止まり線」の悲しさか、中之島線の利用自体は低迷し今や減便ダイヤになっている

早く、阪神西九条までの延長を期待したい

« 2015年4月 | トップページ | 2015年6月 »

2021年10月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

ウェブページ

最近のトラックバック